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ケースファイル〜愛情のすれ違い〜



ケースファイル2

犬種:ボーダーコリー

性別:オス

購入場所:ブリーダー

課題:昼夜関係なく無駄吠え、散歩時の引っ張りと落ち着きの無さ

原因:犬及び犬種の理解

施工したトレーニングメニュー:訪問しつけ1日


これは私がまだ18歳でイギリスはスコットランドにいた時の話です。

ちょうど春休みの頃、スコットランドで農業を営んでる友達の家に1ヶ月滞在していました。友達と私はその土地で働いてるゲームキーパー(その土地の猟や猟犬を管理する人)と仲がとても良く、動物の事や狩りの仕方を色々と教えてもらっていました。ゲームキーパーの彼も5頭の犬を飼っていて、時間がある時ガンドッグのしつけのレッスンをやったりしていて、それを友達と一緒に手伝うようになりました。

ある日訓練の依頼がきました。「無駄吠えで近所からも苦情が来ているんです。もし来週までに何とかしないと保健所に犬が連れていかれてしまいます、助けて下さい!」

その依頼はゲームキーパーにお願いされたものだったのですが、友達とガンドッグの大会出張が入っていて対応ができないとのこと。ゲームキーパーに「お前に任せた」と言われ、一人で対応することになりました。

「もしどうしても難しかったら連れて帰って来ても良いから。まず彼女と犬を助けてみてよ。君も小さい頃から経験を積んでるんだから大丈夫だよ」と言われ、初めて犬のしつけを人に教える事になりました。



 

初めての訓練

数日後緊張しながら街中にある飼い主の家に行きました。

家に近づくと段々聞こえてくる感高い鳴き声。地図を見なくても音を辿れば分かるくらいでした。飼い主の家に着くと同時に違和感を感じましたが、とりあえずドアベルを鳴らしてみました。

数秒後、飼い主が出て来てほっとした顔で「来てくれてありがとうございます」と言われ、家の中へ。玄関からリビングまで愛犬と撮った写真が所々飾っていて、この人は本当に愛犬の事が好きなんだなと思いつつもちょっと違和感も感じました。後で気づいたのですが、全部の写真が室内あるいはスタジオで撮ったものばかりでした。

リビングにはキッチンもあり、彼女の夫は土曜日のスポーツ番組に釘付けでした。ここで失礼がない程度で、室内をさっと見渡し、犬の生活環境を把握して問題になりそうな点はないか見てみました。意外と電話やメールでの相談では気づかない、飼い主が見落としてる犬が過ごしている環境の問題点もあるので、このように訪問した先で実際の様子を知ることはとても大切だからです。

スカイラボでも無料しつけ相談でいらしゃって、その後訪問しつけに行ったら思いも寄らない原因が問題だった事が何件かあります。トレーナーとして犬を一匹一匹きちんと見るのはもちろん大事ですが、いつも犬が暮らしている環境や家族構成も理解するのも重要なのです。


キッチンとリビングを見回すと犬を飼っていれば置いてあるはずの物がないのに気付きました。それは犬用の水のボール。それを見て、多分しばらく家で一緒に過ごしてないんだろうなと思いながら、他に何か改善のヒントはあるかなと見ていた時、飼い主が大きめの声で私に声を掛けてきました。

「もうお分かりのようにこんな感じでずーっと吠えています。」そう言うと家の後ろにある10畳くらいの庭を指差し、愛犬であるボーダーコリーの居場所を教えてくれました。そこには立派な犬小屋があり、ワイヤーリードで繋がれて、鼻から尻尾まで手入れが完璧にされた艶々のボーダーコリーが空に向かって吠えていました。

そこで飼い主に聞きました。「いつも外で飼ってるんですか?」

「一歳までは室内だったんですが、無駄吠えと破壊行動が酷すぎてそれ以来外で飼っています。たまに中で一緒に過ごしますんですが、ほとんど外です。」

それを聞いて質問を続けました。「ブリーダーさんから迎え入れましたか?」

「はい、チャンピオン犬の犬が欲しくて、直接買いました。」

そう言われて手元にあった血統書を見ると、家族全員チャンピオンの称号がついていました。さらに吠えている原因を探りました。「なぜボーダーコリーを飼うことにしたのですか?」

「それは見た目もかっこいいですし、毛並みが好きで頭もいいので。あと子犬の時すごく可愛かったので思わず買いました。」

「なぜチャンピオン犬を探していたんですか?」

「優秀でトレーニングしやすいと思って。」

「ちなみにドッグフードは何をあげていますか?」

「私全部手作りしてるんですよ。スーパーで売っている物とかだと毛並みが悪くなるので。」


確かにフードによって体調、毛並み、そして落ち着き等が変わりますが、手作りフードは栄養バランスがとりにくいというリスクがあるので、どんなご飯を作っているのか聞いてみました。すると新鮮なオーガニック素材を使った、完璧すぎる栄養バランスのご飯を作っていてびっくり。犬用のご飯の本も出せそうな程の犬に必要な栄養はご飯の作り方について知っていて、その後思わず1時間位教えてもらう立場になってしまいました。


「散歩は一日何時間ぐらいですか?」

「1日2回で、合計2時間半位から3時間程度です」

意外と多いなと思い、外にいる犬に目をやりながら続けました。

「そのうち走ってる時間は?」

「散歩なので走りません。」

「思い切り走れるところに連れて行っていますか?例えばドッグランとか、自然の中とか。」

「あまり行きません。山とかちょっと苦手で、ドッグランは毛がすぐ汚れて大変なので連れて行っていません。」


最初の違和感はここだ!

私が見慣れているボーダーコリーは、いつも牧場や農地で農家と一日中一緒に行動しながら羊を走らせたり仕事もしている。そして夜は飼い主と暖炉の前でゆっくりしてから寝てまた朝から一緒に仕事に出るーー。元々そういう仕事をするための犬なので、吠える原因もこれではっきりとわかった。でもこのボーダーコリーはここで仕事をするために飼われたわけじゃない。どんな風に伝えよう…。


考えながら続けます。「ボーダーコリーはとても頭が良くて仕事をするのが大好きな犬なんです。頭を使って仕事をするようなことをしないと、だんだんストレスになっていくんです。例えば今まで夫婦で仕事を共にしてたのに、定年退職したらする事がなくなってストレスと感じてしまうとか。サッカー選手が怪我でずーっと試合に出られない気持ちとか…。と色々例えを交えて伝えたのですがピンと来なかったようなので、今回は1日でトレーニングを終わらせるという目標もあったので実際に犬の気持ちになってみることに。


 

犬の気持ちになってみる

では、今からあなたの犬が今どんな気持ちでいるか実際に感じてみましょう。携帯、腕時計、持ち物全部をご主人に預けて下さい。そしてトイレに入ってずっと入っていてみてください。と伝えました。飼い主はこのチャレンジは簡単だ、お安い御用。日が暮れちゃうけど大丈夫?と言いながら入って行きました。

そこから30分が経過。トイレから暇だー暇だーという声が。「結構がんばったでしょう、私。もうそろそろ終わりにしない?」という声が。返事をしたいけどここは返事をしないで我慢…。そこから約20分くらいで飼い主は耐えきれずにトイレから飛び出して来ました。

「もう無理です…気持ちがわかりました。」と言われ、私は「これをずっと3年間続けられますか?」と言うと「頭がおかしくなるから絶対に無理ですよそんな」と首を振りました。

飛び出して来たトイレを見るとトイレットペーパーで暇つぶしをしていた様子。「暇だったのでトイレットペーパーで折り紙的なことをしようとしましたが諦めました。」と笑いながら飼い主は言いました。

「物で暇つぶしをする、というのをあなたの犬がやると『問題行動』になりませんか?」

「確かにそうですね…」と飼い主は頷きました。「それが今あなたの犬が経験してることです。彼に必要なのは新しい刺激やいつもと違う運動です。」


毎日同じ散歩コースで新しい発見も限られて、目一杯走る事もできず頭を使って何かをするチャンスもなく、ただ単に1日のほとんどはこの庭で繋がれている状態です。

もちろん犬種、性格、体格により必要な運動量は変わります。アパート暮らしの人は活発なボーダーコリーを飼ってはいけないとは言いませんが、飼う場合は違う方法で満たしてあげるような工夫が必要です。可愛いから犬を飼う、のではなく、犬を飼う前にちゃんとその犬種の特徴を理解して、何が必要なのかを理解すれば、お互い良いパートナーになれる第一歩を踏み出せると思います。


ここで彼女に提案をしました。「苦手なドッグランに行く必要もありませんが、他の犬との交流も大事です。でも今彼に必要なのはストレス発散の運動と脳の刺激です。今から誰もいない野原に行きましょう」と言い、車で15分のところにあるフェンスで囲われている開けた場所に行きました。


 

犬に合った遊び

呼び戻しがきかない時のため30mのリードを準備してましたが、幸いこの子は呼び戻しがききました。リードを離したらすぐさま嬉しそうに走り回っていました。数分すると興奮が収まり、段々することが無くなった素振りを見せたので、ここでガンドッグトレーニングように使ってるダミー(鳥の形したおもちゃ)を投げて、回収させるトレーニングと遊びをしました。ここはさすがボーダーコリー。飲み込みが早いだけでなくおもちゃが落ちる前にキャッチしてる。ここで飼い主さんと楽しく遊べるようフリスビーで遊ぶことにチャレンジ。

ちょうど他のトレーニングに使用してたフリスビーを試しに投げみたら見事に一発目でキャッチして得意気に戻って来ました。それを見た飼い主が、すごく楽しそうだから私にもやらせてと言い、挑戦してみました。最初はディスクをうまく投げられず変な方向に転がって行ったりしていましたが、それを逆に愛犬は面白がって追いかけていました。

この様子を見て、きっとこの犬と飼い主は良いパートナーになれる、と強く感じました。飼い主には愛犬を思う心があり愛情が溢れるほど大切にしていましたが、その犬種が必要とすることを知らないまま飼ってしまい、結果お互いに苦しんでしまっていました。

ディスクの投げ方を飼い主に教えながら、犬も飼い主もお互いへとへとになるまで続けました。飼い主は、散歩よりこっちの方が楽しい、もっと遠くに投げられるよう夫と一緒に練習します!と笑顔を見せてくれました。

遊びで夢中になって、あたりはすっかり薄暗くなってしまったので、車で少し走ったのち、スリップリードを使って散歩の練習を家まで歩いてしました。

家に到着すると、愛犬がゆっくりと自分の家の中へと歩いていく姿を見て言いました。

「今晩は家の中で寝ても吠えませんよ、しかも悪戯もしないと思います。なぜなら彼はもう満足していますから。」

「良かったです。でも、私たち2人とも仕事をしていて、これを毎日するのは難しいんですがどうすれば良いですか?」

人間もそうですが、激しい運動をしなくても集中して脳を使えば疲れます。例え明日が雨で外にいけなくても、色々工夫をして彼の脳を刺激してあげると走らなくても疲れるものです。例えば好きなおもちゃを家のどこかに隠して探してもらうとか、新しいコマンドを教えて特定のもの持ってくるとかすると、きっと楽しいと思います。例え平日は仕事で家にいなくても週末ちゃんと走る運動をすれば大丈夫ですよ。」と伝えました。


犬のエネルギーはコップに入った水のようなものです。水がコップにだんだん溜まるように、日に日にエネルギーが溜まって、水がコップから溢れ出た時にイタズラや破壊行動が起きてしまいます。1週間に一度、思い切り運動をすることでコップの水が一気に減って、しばらくはたくさん運動をしなくても平気になるのです。


「今日はゆっくり寝られるはずです。今後問題行動とか無駄吠えが多くなってきたら、エネルギーが溜まってきている証拠なので運動をさせてください。困ったことがあったら、いつでも連絡してください」と伝えて仕事を終えました。

その後ゲームキーパーから写真付きのメールが届きました。彼女は今ディスクドッグの大会に出られるよう、愛犬と頑張ってるみたいだよと書いてありました。写真を見ると大会を終えた時の飼い主と愛犬でした。そこには泥んこのボーダーコリーと、多分何回もディスクを投げたせいか手が泥んこになった飼い主が満面の笑顔で写っていました。きっとあれから愛犬とたくさん楽しい思い出を作ってくれたと思います。

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